morahara
「myさん、myさん」
夕方の駅地下、後から呼び止められた。
振り返ると、鮮やかな赤いコートの女性。
「あら、お久しぶり」
友人T美だった。
「お仕事帰り?」
「これから会社に戻るところよ。あなたは?」
「私は、帰るところ」
彼女はデパートの惣菜屋さんの袋を手に提げていた。
「いつ以来かしら」
私達は混雑する駅地下を立ち止まらず、歩きながら話す。
「七月の海老蔵」
「そうね。今年はあれ以来ね」
T美は、仲間内では伝統芸能観覧担当で、
チケットはツテでとってくれる。
ただ、今年は夏以降、彼女が忙しくお誘いがなかった。
「御苑(森の薪能)に行きたかったわ」
「ごめんなさいね、その時ピークで」
「お仕事の?」
「ううん・・・・myさん少しお時間あるかしら?」
「ええ。会社に戻るだけですもの、いいわよ」
「じゃあ、30分位お茶しない?」
地上に出て、空いているカフェを見つけ、椅子に腰を下ろした。
T美がバックからシガレットケースを出す。
「あら、止めてたのに・・・・」
「復活よ。もう、うるさく言うヒトはいないから」
「え?」
「別居してるの。実家出戻りだけど」
「別居って、そんな話聞いてなかったわよ」
「言わなかっただけよ。ごめんなさいね秘密にしていて」
「まぁ・・・・・理由・・・聞いていい?」
「我慢出来なかったの。もう限界だったの」
「限界?Kさん(彼女の夫)に?」
Kの浮気問題?と脳裏をかすめたが、T美がそれを遮った。
「浮気とかじゃないのよ(笑)
むしろ、そっちの方が、まだ良かったわ」
T美は、口から細く煙を吹きながら話しだした。
「モラハラ(モラルハラスメント)だったのよ。結婚以来ずっと。
最初の頃は、あのヒトのキツイ指摘に、自分はまだまだだわと思ってたの。
反省することが沢山あったのね。
痛いところをズバリ指摘されて。
あのヒト、頭いいし、仕事の話も政治や経済の話も的を射た批評だったから。
私、抜けているところあるし、弱いし・・・・」
とんでもない。T美はとても頭の回転が速くて、仕事もしっかりこなす。
一見、おっとりとしたお姫様育ちのように見えるけれど、
仕事では、いくつもの成果をあげてきていることは知っている。
多少、天然気味ではあるけれど、それは世間スレしていない育ちから。
「世間への皮肉も、反骨ぽくて魅力的だと思ってたの。
でもね、単にネガティブな皮肉屋だったのよ。
私への指摘も、こんな事を言ってくれるヒト今までいなかったわ。
なんて感謝していたけど、
今思うと、馬鹿げたことで怒鳴られていたわ。
その時は、何故自分が正しいのか、
私のとった行動が、いかに自分を憤らせたかということを、
正論の如くとくとくと説かれるの。
私も、そうかしら・・・・なんて妙に納得したり反省したり。
何事もあのヒトルールじゃなきゃ気が済まないの。
全て私が悪いということになってしまっていたの。
子供が出来なかったのも、私のせいだって。
夫婦生活も無いのに、妊娠なんてありえないでしょ。
そうなると、求めない私のせいなのよ。
意を決して誘っても、疲れているからとか、
明日早いからって、邪険に断るくせに。
喧嘩になったこともあるけど、殆ど一方的で、
いつも絶対に自分は悪くないのよ。
大体そうなると、私の方が何を言ってもムダって思うから、黙るのね。
そうすると、翌日謝ってくることがあるの。
ああ、やっぱりこのヒトはいい人なんだわ。ってコロッとなっちゃう。
馬鹿よね。私。まんまと術中にハマっちゃって。
また、繰り返すのよ。否定と冒涜の連続。
そして、私は自己否定に陥ってしまうわけ」
「あなた、お馬鹿さんじゃないわ。頑張りすぎちゃうのよ。何事も」
「私ね、自分がモラハラを受けているのを気が付かなかったのよ。
大体そういう人が多いんですって。
気が付かないうちに、檻の中に入れられて調教される、
サーカスのライオンのようになっていくのよ。
学習するのは、どうしたら怒られないかということ。
植えつけられるのは、相手の優位性。
気が付くのは、モラハラ体験者の話を聞いたり、
それに関する記事を読んだりした時なんですって。
あっそうだわ。私もそうなんだわ。
これはモラハラだったのだわ。ってね。
私は、ネットサーフィン中に、偶然目にしたのね。
そういう体験記を。まさに、そうだったの。
理不尽な怒りとか、普段はいい夫なのに豹変する様とか。
同じだったの」
「それで、あなたの中で何かが変わったの?」
「それがね、あなたが私に厳しいことを言うのは耐えられないということを、
極めて、オブラートに包むように、あのヒトに話したの」
「話したのね」
「ところが、私に辛く当たってしまうのは、
母親に甘えられなかったトラウマからだって言うの。
自分でもなんとかしたいと思っているって。
今迄、恋愛してもそれでダメになった事もあるって。
そう言われて、私も何とかしてあげたいって思ってしまったのよね。
同情しちゃったの。
実はそれもモラハラ男の手なのよ。もう、どんだけよね」
私は、胸に大きな石を乗せられたような重い気持ちになって、
息苦しくなった。
思わず、T美の手を握る。
「T美さん。辛かったでしょうに。何も役にたてられなくてごめんなさいね」
「いいのよ。
私は、皆さんとご一緒している時間は楽しくて息抜きだったから。
これからは、調停で大変だけど、もう意思は固まっているの。
ここまで一年かけて準備してきたわ。証拠もしっかりあるし。
かならず離婚するわ」
「何度も会ったのに、気づいてあげられなくて悪かったわ」
「そんな事ないのよ。本当に秘密にしていたことだから・・・・
離婚の為の周到な準備を一年かけてしてきたの。
DVのように、痕が残るわけでは無いから、録音やメモを残したり・・・
そうなってくると、面白いもので、モラハラを受ければ受けるほど、
"証拠"が増えるって愉快になっていくの。
私の方が怖いわよね。
少しずつ荷物は実家に送って・・・
両親にも、もちろん内緒だったのよ。
モラハラ離婚には、計画性と強い意志が必要だから。
決行の日までは、全く普段と変わらずに過ごすことが必要なの。
そしてね、あのヒトが出張に行く10月15日に
荷物をまとめて実家に戻ったの。
ウチの両親への説明も大変だったわ。
実家は、父が一番偉いヒトで、母は三歩も四歩も下がって尽くすの。
そんな家庭環境で育った女性はモラハラの被害者になりやすいのよね。
夫に従うのが当たり前、いくらかの横暴も当たり前的な・・・・
両親には我慢して、戻りなさいみたいな事を言われたけど、
調停委員への説明の予行練習のつもりで、証拠と状況説明をしたの。
両親もやっとわかってくれて、泣かれたわ。
今では、危ないからって駅まで車で送り迎えしてくれるの。
ちょっと大げさだけどね」
「私にできる事はない?」
「こうして話を聞いてくれただけでも、心が軽くなったわ。
充分よ。ありがとう。ずっと誰かに話したかったの。
第六感じゃないけれど、母が○○のお漬物が食べたいっていうから、
今日は、遠回りしてきたの。それでmyさんに偶然に会えたわ。
これも吉兆だわ」
「そう言ってくれるなんて嬉しいわ。
とにかくメールでも電話でも呼び出しでもなんでもして。
T美さんのチカラになるのだったら、何でも聞いてあげるから。
それしか私にはできないけど」
「ありがとう。頑張るわね。そのうち浄瑠璃でも見に行きましょう」
「ええ。もちろん。待ってるわ」
30分のつもりが、一時間半話を聞いていました。
ここに上げたのは、会話のほんの一部。
「あっ」と思った方は、
モラハラの実情が掲載されているサイトが色々ありますから、
読んでみてください。
彼女が勉強になったと教えてくれたサイトは、
モラル・ハラスメント被害者同盟
http://www.geocities.jp/moraharadoumei/
離婚までの道筋も案内されています。
彼女がとった行動は、まさにこのサイトのアドバイス通りでした。
真面目で素直だからモラハラを受けてしまうのですが、
真面目で素直だからこそ、
こういったサイトで気づき開眼して突き進めるのだと思います。
ご参考までに。
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