あらら
お仕事帰りのセッティング。
「カウンターで」とだけ要望して、場所はお任せ。
やはり、どのような場所を指定してくるかは楽しみ。
I氏は都内某ホテルの眺めの良いバーを指定してきた。
奇をてらわず、大人の王道的無難な場所は、
疲れた平日の仕事帰りには丁度よい。
カウンターを指定したのは、濃い会話をしたくなかったから。
煮え切らないというか、そういった気分にまだ成り切れていない今、
絆されない、公の場である方がよいし、
会話をそらすのにもカウンターなら、前を向けばネタは転がっているから(笑)
帰社時間がずれ、これから会社を出るので遅れる旨メールを入れた。
「お化粧、身仕度等もおありだど思いますから、ごゆっくりお越し下さい」
あらら・・・そんな気遣いに、おっとっととなりながら、
堅い鎧を身にまとい、その場所へ急ぐ。
既に、I氏は来ていて、中に入ると左手を軽くあげて「コッチ」と招き寄せた。
「遅れて申し訳ございません」
引いてもらった椅子に腰を下ろしながら、今月のカクテルをオーダーして、
バッグを置き、足を横に流す。
そして右に座るI氏に微笑む。
「お待たせいたしました」
そう言う私に、開口一番I氏が言う。
「あの・・・myさんは、ご結婚されているのですか?」
「えっ?」
えっというより、"はぁ〜?"という感じ。
確かに、私の時間の使い方を端から見ると、
家庭があるようには見えないでしょうし、他の人からも聞かれることはある。
でも、聞かれるにしても、かなり遠慮がちに遠まわしに聞くものでしょ。
なんじゃぁ〜?
「はい。しておりますわよ。ご存知ありませんでした?」
「いえ、そうだろうとは思っておりましたが・・・・
あっ知ってました。はい。
でも、全然そういう片鱗が見えなかったものですから・・・・
お綺麗すぎて・・・・」
あら、誉め言葉だったのね。まぁいいでしょう(笑)
その後矢継ぎ早に、私の背景について聞いてくる。
恋愛相手には、あまり話したくないことですが、
まぁ・・・・対象外ですから。いいでしょう。
そのまま正直に答える。
I氏は自分の背景のことも話してくる。
滑り出しでお互いの背景の話なんて、色気もなにもあったものではない(笑)
もちろん、愚痴などではなく、明るい話。
背景に共通点もいくつかあって、会話もはずむ。
こんな会話でいいの?レシピ逸れていない?
それとも、これも"手"?
なんとなく肩透かし?(笑)
ただその内、ビジネスの話になり、芸術の話になり、精神論の話になり、
「そうですか。私と全く同じ考えだなぁ」と歓心を得たように喜び、
「やはり、相性が合いますね。
こんなに会話が楽しい女性は、なかなかいませんよ。
ずっと話していたいですね。大人の話なども・・・・・」
などと少しずつソチラの方に流れを寄せてくる。
でも寄せてきても、私はサラリと流す。
注がれる形容にも、「お上手ですのね」と流す。
何の話をしても、中身が濃くて確かな語彙選択、落ち着きのある紳士的所作。
時々オッサンのような事を言ってみたり、あわてたり、
緊張が口の端から見え隠れするけれど、概ね悪い感じではない。
前からそう思ってはいた。
メールで手ごたえのある会話もして、『何か合うわ』とも思っていた。
でも、核心には触れずに流している。
I氏の視線に心の内奥が手に取るようにわかるけれど・・・・
のれない。
恋愛に二の足を踏んでいるとは言え、
私、失礼にもチョット俯瞰しすぎている。
「本日は一次面接ということで。もしくは喫茶去」
I氏がその日会う前に送ってきたメール。
気軽に人となりを見てくださいという感じね。
とりあえずは・・・・・
まずは・・・・・
ということでしょうけれど。
「後へ行きませんか?」
後方のソファー席へ誘われる。
「ええ・・・でも、まだ月も見えますし・・・もう少し」
カウンター先の窓をのぞいて軽くお断り。
ソチラの流れもありましょうが、
コチラの流しだってありますもの。
なのに、化粧室から戻ると、席は移動されていた。
「申し訳ございません。我儘でして。駄々っ子でして」
笑ってしまった。
何度かI氏に誘われて根負けして今日の日を決めた時、
私が言った「駄々っ子ですのね」をそのまま引用して言う。
その場に移ると、私とI氏の会話は他には聞こえない。
当然、甘い賛美と濃い情愛の言葉をあびせられる。
私には、それでも絆されない自信があった。
どんなに言われても、好かれても、譲れない理由があったから。
その理由を押し通して、お断りする自信があった。
最後の最後にバズーカ砲を撃ってしまうのは申し訳ないけれど・・・
「Iさんのお気持ちは、とても嬉しく思いますのよ。
でも・・・・ごめんなさいね。
私、年下の方にはどうしても恋愛感情は持てませんの。
Iさんは、精神的に落ち着いていらして、とても年下とは思えないのですが・・・」
「えっ?myさんおいくつ?いや失礼、干支は?いや・・・
絶対私の方が年上ですよ。○○年生まれですよ」
「はい?」
私より、年上。
「あっ。申し訳ございません。私の方が下でございました。
××年生まれでございます」
「それより下だと思っていたのですか?こんなオッサンに。
ガキに見えましたか?」
年齢のわりに落ち着いているのは、ステイタスに因るものと思っていた。
その年齢でも、おかしくないような若さもある。
直接聞いていたわけでもないし、私の勘違い?どこで?いつ?
でもまぁ、確かに・・・そういえば・・・・良く見ると・・・・
「安心しましたか?」
「え?あっ・・・本当に失礼いたしましたわ」
すーッと落ちていくような気がして、理性という手すりに掴りたかった。
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