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嘘の世の真実

2011年01月29日[23:50:03]

古典文学に見る男と女シリーズ 第55回

いつはりの なき世なりせば いかばかり
           人の言の葉 うれしからまし

 
古今和歌集 恋歌巻十四 読人知らず
 
 
なんだって言うのかしら。
まただわ。
今夜は絶対に何があっても来るなんて言うから、
ご馳走もお酒も用意したというのに、
日暮の酉の刻あたりに使者がきて
「少しばかり遅くなります」
なんて・・・・
 
少しばかりってどればかりなのよ。
もう亥の刻もとうに過ぎているわ。
 
腹立ち紛れに、私は用意した鮎の熟れ鮨を湯漬けで食べて、
女童に下げさせてしまった。
 
ふぅ・・・
腹が立つと、どうしてこうも食欲が収まらないのかしら・・・
湯漬けがいけなかったわ。三条の中納言のダイエットを笑えないわ。
少し膨れた胃の辺りをさすっていると、
女童の細かい足音と大きな足音がが重なりこちらに向かって来る。
 
「もうお休みになられてますので、今しばらくお待ちくださいませ」
「いいや、どの道同じことだ、構わん」
 
大きな声は、私がずっと聞きたかったあの声。
居住まいを正して、私は背中を伸ばした。
と、同時にあの人が入ってきた。
 
「まだ、起きていてくれてたのか」
「いえ、もう休むところでした」
「待っててくれたのだろう?」
「待つ?誰を?」
「何をつんつんしているんだ?こうして来たというのに。
今日は、来ると言ったろう。それに遅くなったが、遅くなるというのも使わせたろう?」
「はて、『来る』は『来られないかもしれない』
『遅くなる』は『来ない』という意味ではございませんでしたかしら」
「まぁまぁ、そんなにスネないでおくれよ。
大変だったんだぜ。バタバタだよ。色々あってな。
もう、俺としては、お前に逢いたくて逢いたくて仕方がないんだぜ。
なのに、どうも出る間際になると、面倒なことが起きるんだ。
多分な、俺がお前に逢えると思うと、嬉顔になるから、
誰がが意地悪するんだな、きっと。ヤキモチを妬いている奴がいるらしい」
「そうですか、そうですか」
「おいおい。むくれないでくれよ。むくれた顔もいいが、
俺は、お前の笑った顔が好きなんだ。ほっとするんだよ。
なっ。許してくれよ。気持ちを解して、なっ」
そんなことを言いながら、私を背中から抱くのよ。
 
この人は、いつもそう。こんな具合よ。
そうそう易々と懐柔させられないわよ。嘘ばっかりなんだから。
 
「頼むよ。いい顔みせてくれよ。いい声聞かせてくれよ」
「声、ねぇ
いつはりの なき世なりせば いかばかり 人の言の葉 うれしからまし」
流行の歌を歌ってやったわ。
 
「おいおい。俺が嘘をついているっていうのかい?
そりゃぁ世の中は嘘ばっかりだ。
世の中が偽りも何にも無くなって、みんなが本当の事しか言わなくなれば、
俺のいう事も信用できるってことかもしれないが、
本当の事しか言わなくなったらどうなるか、お前なら良く分かるだろう?
嘘ばっかりの中でも、こうして俺がお前に逢いに来たというのは真実なんだぜ。
それでいいじゃないか。なっ」
 
そう言ってあの人は、私の胸元に大きな手を入れてきた。
 

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今回は小咄で・・・・千年前の。

古典 恋愛入門コメント:3 □ トラックバック:-◇ 


「愛」について(3)

2011年01月24日[02:05:44]

前回の続きの前に、少しこの言葉を頭に入れておいてくださいませ。

東洋思想家である安岡正篤の『一日一言 』より
【思考の三原則】
私は物事を、特に難しい問題を考えるときには、いつも三つの原則に依る様に努めている。
第一は、目先に捉われないで、出来るだけ長い目で見ること、
第二は物事の一面に捉われないで、出来るだけ多面的に、出来得れば全面的に見ること、
第三に何事によらず枝葉末節に捉われず、根本的に考えるということである。

さて、前回の最後にお話をした
理屈は何となく分かるけれど、上手くできない「信じる」ことですが・・・
 
「信じる」ということは、普段は気にしていませんよね。
ただ、何かがあったときに「信じる」という能動的考えが出てきます。
 
「信じる」というよりも「信じなきゃ」かしらね。
おと恋では。
 
疑う自分に、かぶりを振って「信じなきゃ」とね。
 
でも、それって辛いですよね。
無理矢理ですもの。
 
もやもやがあっても「私に出来ることは信じることだけ」と、念仏のように唱えても、
もぐらたたきのように、こっちを消すと、あちらが出てくる。
疲れちゃいますよね。
 
疲れた結果、いっそぶった切りたくなります(^_^;)
 
何故でしょうね。
素直に信じる方が楽なのに、それができない。
 
・素直に信じて、騙されて馬鹿を見るのはくやしいと思っている。
・相手に対して完璧を求めている。全てを知ろうとしている。
・時間・モノ・気持ちに代償を求めている。
 
何だかギスギスしちゃっているのですよね。
考えすぎちゃって、悪いように悪いように思考が向いちゃっているのですよね。
 
誰だって、頭にくることもありますし、腹を立てることもあります。
でも、その感情のまま過ごしてもいいことなんてないのですよね。
 
すぐには、気持ちの切り替えは難しいかもしれませんが、
一呼吸置いて、大らかな気持ちになってみるのが良いかなと思います。
今のこと、細かいことに捉われないで、損とか得とか、プライドなんかも考えないで、
力を抜いて、優しい気持ちになってみる。
 
 
男性的思考の方には、難しいかも知れませんが、理屈ではなく、
母性で感じて、母性で考えてみる。
女性には、生まれながらにして誰にも母性がありますので、
その引き出しは、意外とたやすいのではないかと思います。
 
意地悪な思考、批判的な思考は、一時の黒い快楽にはなりますが、
何の得にもなりませんでしょう?
疑いもそう。
 
以前のエントリで「無財の七施」についてお話いたしましたが、
最近、それを心がけているせいか、
結構性格キツキツの私も、大らかになれているのです。
人に優しく接することで、相手も次第に胸襟を開いてくれるようになって、
その人の一面だけではなく、素晴らしい側面も見えてきて、
ますます、優しく、素直に接することが出来るようになってきています。
 
そうするとね、信じるとか信じないとかではなく、
全てを受け入れてあげたい気持ちになってくるのです。
 
 
もしかしたら、ものすごく大雑把な言い方かもしれませんが、
根っこはそういうことなんです。
 
いつでも、どこでも、誰にでもというのは、最初のうちは難しいかもしれませんが、
だんだんと範囲がひろがって行くような気がします。
 
その範囲は、度量になって、動じない心にもつながり、
無理して「信じなきゃ」という気持ちも薄らぐのでは・・・と思います。
 
優しく大らかな気持ちになって、 優しく愛する。母性で愛する。
自信のある無しではなく、誰にでもできるはずのことです。
そこだけは、自信を持ってくださいね。
まずは、優しい言葉掛けからでもどうぞ。
 
B様のご質問から発展しましたが、
同様のお悩みをお持ちの方の一助になれたらと願います。

 

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「愛」について(2)

2011年01月20日[01:20:06]

前回の続きです。
「愛」に対する取り組みですが・・・
 
書店の「愛」に関するコーナーには、
「愛され」マニュアルが随分とありますね。
 
・愛されオーラ・・・
・愛され上手・・・・
・愛されて幸せに・・・
・愛され会話・・・
・愛されマニュアル・・・
・愛され美人・・・
 
愛されるって心地よいものですよね。
 
多くの人に愛されるキャラクターは、社会的にも味方を多く持ち、成功します。
 
私だってそうなりたいです。
 
だから、みんな自分を磨く努力をする。
外見を磨き、魅力的になるために知識をつけ、
一緒にいて楽しい、嬉しい人間になるために頑張っちゃう。
それは素晴らしい努力だと思いますし、
それがなくなってしまっては、人間としての進歩がなくなってしまいます。
 
 
でもね、それはそれ。
誰かの為というよりは、自分自身の為。
 
 
 
今、問題にしたいのは、もっと能動的な「愛する」ための取り組みです。
 
それも、結果「愛される」ために「愛する」のではなく、
もう「愛しっぱなし」です。 
 
人は結果を目的・目標として行動を起こすものです。
目的が定まらなければ、行動計画も立てられません。
 
でも、「愛」に関しては与えっぱなし。
 
 
私もそんな出来た人間ではないのですが、
(宗教家でもございません(^_^;))
時々ひと様を前にお話をさせていただくことがあります。
 
特に経営者や経営幹部の方には、
社員さんを愛しっぱなしすることが、マネジメントです・・・と。
見返りは求めないでください。というお話をいたします。
が、残念ながらご理解をいただけないことがままあります。
 
「でも、やはり期待しますよね」
「神様じゃないのですから無理です」
 
 
・・・まぁね。確かにね。
でも、理屈ではなく、何とかやってみていただきたいのです。
 
多少の期待ということでしたら、
与えっぱなしの愛を受けた人が、
与えっぱなしの愛の素晴らしさを感じとり、実践してみようと思ってくれたら本望。
 
それくらいならOKです。
 
私にそれが100%出来ているかといえば、私も修行の最中でございますよ(笑)
 
 
さて、その与える「愛」とは何か?ということですが、
エーリッヒ・フロムは、「愛するということ」の中で、
『愛の能動的性質の要素とは、配慮、責任、尊敬、知である』と説いています。
 
配慮⇒愛とは、愛する者の生命と成長を積極的に気にかけることである。
 
責任⇒他の人間が表に出すにせよ出さないにせよ、
何かを求めてきたときの、私の対応である。
「責任がある」ということは、他人の要求に応じられる、
応じる用意がある、という意味である。
 
尊敬⇒人間のありのままの姿をみて、
その人が唯一無二の存在であることを知る能力である。
他人がその人らしく成長してゆくように気遣うことである。
愛する人が、私のためにではなく、その人自身のために、その人なりのなり方で、
成長して欲しいと願う。
 
知⇒表面的なものではなく、自分自身に対する感心を超越して、
相手の立場に立ってその人を見ることができたときにはじめて、
その人を知ることができる。
 
難しいそうですか?
 
常に主軸は相手にあるということですね。
相手の立場に立って、自分ならどうしてもらいたいかを考える。
 
特に大人恋愛の場合は、その心がけが重要なのでは・・・・と思います。
 
もちろん、相手に振り回されるとか、都合の良い人間になるということではありません。
 
花を愛しているからといって、水を大量に与えては花は枯れてしまいます。
花にとって適量の水を与えることが、花への愛ですよね。
 
相手の立場に立って、相手の成長と幸せのために、
自分が出来ることを与えることが大切。
 
 
このあたりは、能動的に行動すれば良いので、
わりと素直に取り組めると思うのです。
 
 
 
問題は・・・口に出しては言えるけれど、いつも何か悶々としてしまう、
理屈は何となく分かるけれど、上手くできない。 
 
そう。
「信じる」ということですね。
 
愛は信じるもの。お互いに信じあってこそ強い結びつきになる。
・・・・なんて言えますが、実際、これが、中々、難しい。
 
でも、信じなければ「愛」にならないのか・・・・
 
ふぅ・・・次回はそのことについてお話いたしますね。

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B様から立ち直りつつあるというコメントをいただきました。
とても嬉しく思います。

思ふことコメント:4 □ トラックバック:-◇ 


「愛」について(1)

2011年01月16日[16:35:19]


B様よりご質問がありました。
 
彼様とのこれまでの関係の経緯と現状。そして不安。
それに対してどのように向き合うべきかというご質問でした。
 
全て丸々上げたいくらい、お気持ちが詰まった内容でしたが、
かなりの分量をいただきましたので、私の方でまとめさせていただきました。
 
彼:30代既婚 3人の小さなお子さんがいらっしゃる
B様:40代既婚 お子さんがいらっしゃる
 
付き合い始めて丸3年。10歳の年齢差。
 
昨年の6月に喧嘩をして以来ギクシャク悶々としている日々とのこと。
 
それまでは、1日何通かのメールがあり
「逢いたい」「大好きだ」という言葉もあったくらいに熱いアプローチ。
プレゼントもあったり、共有のお財布をつくりデート代をやりくりしていた。
土日の夜に逢うこともあり、お正月も一緒に出かけていた。
 
でも昨年6月。
丁度デートの日に、彼のお子さん、奥様が胃腸風邪で倒れてしまった。
仕事でかなり心が凹み、彼に励ましてもらいたくて、
また、彼の家庭に負けたくないという変な思いもあり、
「少しでも逢いたい」と意固地になってしまっての喧嘩。
「もう2度と気持ちが戻ることは無いだろうが、考えるから2ヶ月間音信不通にしてくれ」
と言われ、2ヵ月後。
再会後すぐに体の関係に。そして、現在に至る。
 
現在、1日にメールは決まった時間に1通だけで、
「好き」という言葉は皆無となり、プレゼントもデート代も削減。
土日の夜やこのお正月も逢わなかった。
 
 
現状に対してのB様の思い。
・デート代が減ったけれど、今まで自分の為にやりたいことを我慢していたのだろう
と見ているが、大切にされていないような気がする。
 
・1日に何度もメールを送るのが苦手だったと喧嘩の際に言われた。
今1日1通のメールは彼なりに努力はしていると理解しようと思っているが、寂しい。
ただ、定期便になっているので変な期待も不安も無くなった。
 
・なぜ土日の夜に逢えなくなったのかとの質問に、
「土日や休みの日は家を空けづらい」との答え。
「嫌になったとか考えないでほしい、他に理由はない」とも言われたが、
家庭を気にし始めたのは、気持ちが前より冷めたのかと思う。
 
・彼が以前のようなべたべたした付き合いに疲れてしまったのかもしれない。
あれほど喧嘩の直前までメールに、大好き、逢いたいと書いてくれた彼の変貌振りに、
寂しくなりながらも、本当に嫌いならデートもしないだろうし、
喧嘩の際「信じてくれないことが嫌だ」と言われたので、
不安を見せることはせずに自分で自分を鼓舞している。
前のような付き合いで彼が疲れてしまったのだから、
仕方が無いという諦めと新しい彼と再度関係を作り直そうと思っている。

・一度彼に「あなたは変わったよね」と呟いたら、
しばらく黙ったあと「変わったね」と言っていたのでやはり思うところがあるのだと思う。
 
何故変わったの?とは怖くて聞けなかった。

以上の内容が、3200文字余り、原稿用紙で8枚分もの文字でつづられていました。
ここまで記述すると、気持ちの整理が付けられると思いますが、
ずっとずっと我慢をし続けられて、不安を握りつぶして、解決できないまま、
B様が胸を痛め、涙をこらえていらっしゃるかと思うと、
私も人ごととは思えず辛くなります。
 
 
人を好きになるのは、素敵で幸せなのに、こんなにも辛い思いもする。
逃げたいのに、止めたいのに、それ以上に好きという感情は抑えられない。
本当に人と人って難しいものですよね。
 
 
 
さて。
私の考えを申し上げますね。
ただし、あくまでも私の考え。いろいろな考えの一つと捉えてくださいませ。
 
少し厳しいことを申し上げますが、お読みいただけたらと思います。
また、これは私自身への戒めとも言えます。
 
 
 
最近特に私の中で、かたまりつつある考えとして、
『恋と愛は違う』ということです。
 
恋は、自然に落ちて、燃え上がり、それこそ寝食を忘れるくらいに没頭できるもの。
ワクワク感もあり、ドキドキ感もあり、セックスも感動的、
「好きだよ」「逢いたい」と四六時中言っていたい。
他は関係なく、自分たちだけの世界にはまり込み、
二人は融合し、一つの個体のようになり、あなたは私のもの。私はあなたのもの。
そこに喜びを見出し、人間が最も恐れる孤独感を忘れさせてくれる。
受動的、能動的などと意識せずとも、お互いが強く求め合い
また、相手を理想化して「あばたもえくぼ」状態になっている。
 
 
 
「恋」が「愛」に変わるタイミングがあります。
今まで、本能で、「恋の病」にかかっていた状態から、
人間としての理性が働き、社会状況、環境とバランスをとる必要も感じてくる。
また、相手の長所しか見えていなかった部分も回を重ねたり、
存在が近いものになってくると、短所も見えてくる。
それが、時に大きなものに見えて気になってもくる。

人間は完全ではないのですよね。
長所半分、短所半分が本来の人間の姿。
それを理解した上で、継続する行為が「愛」であると思います。
 
その継続のために「愛には努力が必要」と芳村思風氏は言い、
「愛には技術が必要で修練しなければならない」とエーリッヒ・フロムは言っています。
愛するということ エーリッヒ・フロム

 
技術や努力というとマニュアルかテクニックのようですが、
そうではなくて、今まで当たり前と思っていたことにも、
『意識』をして
感謝をしたり、相手の話を聞いたり、
相手に対して大切に丁寧な応対をすることだと思います。
無意識では、やっているつもりでも、そうでない場合が往々にしてあります。

そのタイミングに、気づいて「愛」の対応に努力をし始められたら
その後の二人の関係は、より深く意味深いものになりましょうが、
経験不足だったり、つい流してしまうと、少しずつ不満がたまりはじめる。
それが爆発すると「喧嘩」になったりします。
 
表面的には意識していなくても、深層で思っていたことが、
何かのきっかけで噴出してくることですね。
 
B様の場合は、昨年の6月にそれが表れたのですね。
それまで、彼様から表面的には「大好き」「逢いたい」という言葉がありましたが、
深層では、言わなくても心で繋がっている信頼感を大事にしたい。
お互いの立場ももっと理解しあいたいと思っていたのでは無いでしょうか?
 
B様にとっては辛く励ましてもらいたいという願いだったのでしょうが、
彼様にとっては、俺の立場も理解してもらいたいという願いがあり、
願いと願いがぶつかってしまった。
 
その瞬間、深層にあったほんの少しの不満が爆発してしまったのでしょう。
 
これを気持ちの行き違いから生じた仲違いとみるか、
お互いの事を、お互いの立場を考え、話し合い、前向きに考えるきっかけとみるか・・・・
 
それが、「恋で終わり」か「恋から愛への昇華」になるかの分かれ道となると思います。
 
ここで、先にあげた愛に対する「努力」と「修練」が必要となるのですが、
その前に、まずすることがあると思います。
 
特に喧嘩をしてしまった場合。
お互いに、謝り、許しあうこと。
 
文面だけを拝見すると、ご家族がご病気のときに、わがままを言ってしまった、
B様に非があるように見えるのですが、
もしかしたら、そんなことついを言ってしまった何かの原因、
彼様の行動に対する不満やくすぶりがB様にもあったのではないでしょうか。
 
余り聞きたくなかった、彼様ご家族のことを聞かされつづけていたとか、
また、その逆とか・・・・・
 
大人恋愛のルールから反れる言動を、
大人のB様がしてしまったのにはきっと理由がありましょう。
 
きっとお互い様なのでしょう。
 
本来は両成敗の、一緒にごめんなさいなのかもしれませんが、
いま、この時点で気づいたほうから、素直に謝るのが大人の対応かもしれませんね。
もしかしたら、プライドが邪魔をする、今更6ヶ月も前のことと思われるかも知れませんが、
目的は、両者の関係修復。
許しあい、今後「愛」として取り組む基礎を固めるためです。
 
現在は、基礎がぐらぐらしている状態かと思いますので、
(お互いに信頼仕切れていない、許しあえていない)
そこに、いくら修練と努力をしても崩れてしまうものだと思います。
 
心から、あの時のことを振り返って許してもらう。
もしかしたら、彼様から「いやあの時言い過ぎた」と反省の弁もあるかもしれませんが、
それは、絶対に期待せずに、話してみませんか?
 
相手を責めずに、その時の悲しかったB様の気持ちをIメッセージとして伝えてください。
(Iメッセージについては以前お話しましたね)
あの時のことが気になって、私はこういう気持ちでいる。
まだ許してもらえていなかったらあの時のことを許してもらいたい。
●●な気持ちになってしまって、ついあんな言葉が出てしまった。
 
 
もし、ここで相手の立場とに上下関係を生じることを危惧している場合は、
もうこの先には進めないと思いますので、ここでジ・エンドです。
 
 
上下関係なんて生じることはありません。
これから「愛」が始まるわけですから。
 
その取り組みについては、次回にお伝えいたしますね。
 
 

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私も見つめなおしとして・・・・

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目標

2011年01月07日[00:49:38]

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ「おと恋」をよろしくお願いいたします。
 
 
さて、今年のお正月は、実家で迎えました。
 
以前のエントリーで紹介した祖母の卒寿のお祝いもあり、
忙しいお正月でしたが、
90歳には見えない若々しく艶やかな祖母に背筋をピンと伸ばさせていただきました。
 
 
もはや、美魔女など祖母にとっては「その程度」扱い。
70歳前後にしか見えない祖母の前に、
世の美容専門家先生は、平伏すがよいというくらいです。
 
とてもお綺麗にされてらっしゃる方でも、
よく見ると残念。。。ということはあるのですが、
祖母の場合は、よく見れば見るほど驚きの肌のきめの細かさ、艶の良さ。
 
杖も使わずかくしゃくと歩く。
お買い物も人を呼ばずに一人で行く。
ボランティア活動も自ら行っている。
 
頭の回転も速く、joke、ユーモアのセンスも今人並み。
まぁ舌剣も鋭いのですがね・・・・痛たたた
 
そんなわけで、一族の誇りのような祖母。
 
若さの秘訣は、徹底した自己管理。
早寝早起き、腹八分目。カロリー、体脂肪率、血圧は毎日チェック記録。
肌はもちろん、指先、髪の先まで手入れが行き届いている。
決して人任せにしない。
サプリメントも体調に合わせてのみ分け、常にベストを維持している。
 
朝、挨拶に行くと、既に身支度を整え新聞に目を通し終えている。
私は、ノーメイクのまま、新聞紙上の話題から祖母の質問に答える。
「myちゃん、ちゃんとなさい」とこの年になってもお小言を言われながら・・・
 
美しさと知性の維持。
何がこの人をここまでにさせるのかしら。
 
死ぬまで人に迷惑を掛けたくないという自尊心。
これまで女性として健康と美しさを保ち続けているという矜恃。
それらの維持管理のために克己心を超えた何かを祖母は持っている。
それは何かしら・・・・
 
 
とても良いというサプリメントをもらった。
「ありがとう」という私の目を見てだまって頷く祖母。
「あなたもいつまでもね・・・」と言っているように。
私もこの人のようになれたらいいわ。なりたいわと思った。
 
あぁ、これなのね。祖母には女性に勇気を与える力がある。
きっと、病院でも、美容院でも、デパートでも、集まりの場所でも、
女性達に『いつまでも若々しくいられる』という勇気を与えているのだと思う。
その向けられた憧憬から発するエネルギーを受けて、
祖母自身がさらにパワーアップをしているのでしょう。
 
 
私も女性に勇気を与えられる女性になりたい。
2011年。念頭に思う。

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その前に、きんとん太りをなんとかしなきゃ(^_^;)

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